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京都簡易裁判所 昭和50年(ろ)328号 判決 1976年7月22日

主文

被告人を科料三五〇〇円に処する。

右完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算したる期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人はBと共謀の上、昭和五〇年八月二五日午後五時二八分頃、宮内庁京都事務所長宇土條治の管理に係る京都市上京区京都御苑一番地所在の京都御所北側築地塀の礎石から高さ約二メートル七センチの地点に、石片様の硬い物で「天皇訪米阻止!!」と落書し(全体の横の長さ約一メートル三三センチ、一字の大きさ約一五センチから二〇センチ四方)、以てみだりに他人の工作物を汚したものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

軽犯罪法一条三三号、刑法六〇条、罰金等臨時措置法二条、

(科料刑選択)

刑法一八条

刑事訴訟法一八一条一項本文

(弁護人の公訴棄却の申立について)

所論は本件公訴提起は公訴権の濫用にあたるというのである。案ずるに被告人は本件落書を前記京都御所北側築地塀になしたものである。天皇訪米阻止の主張は思想、信念としては意義あるものであるにしても、落書としては正しく無意義、乃至は次元の低いものであり、右築地塀の他の幾多の落書と差別するべき何物もない。

本件落書につき京都御所の管理並に警備当局において困惑、嫌悪の念を抱いたことは推測するに難くないが、これが検察当局の起訴、不起訴についての判断に影響を及ぼしたと認めることはできないし、本件の如き落書について公訴が提起されたことは稀有のことであるにしても、それは右築地塀の落書者を見付けること自体が難しいこと、落書を見付けたにしても落書者が氏名を明らかにし改悛の意を表して始末書を差出したりして夫々事案に即した処置がなされていることによるものであるのに、本件被告人の場合はこれとは異る経過を辿って結局起訴に至ったものであること、また落書はもともと重大な法益を侵害するものではないにしてもそれ相当の法益を侵害するものであること、京都御所ひいてその築地塀は歴史的に意義があり且つ文化的にも保護に価する建造物であること等記録に現われた諸般の事情を考えると、被告人に相応の刑責を問うため本件公訴の提起があったことは理由がないものとすることはできない。他に本件公訴の提起が公訴の合理的基準を欠き公訴権の濫用と疑うべき証拠を見出さないから、所論公訴棄却の申立は採用しない。

(裁判官 柳田俊雄)

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